原発「危険神話」の崩壊

NHKは今夜「安全神話」という番組を放送するそうだ。NHKスペシャルが周回遅れになるのは宿命とはいえ、これはひどすぎる。「原子力村」が安全神話をつくってきたという話は、私が今年3月の「朝まで生テレビ」でした話で、今さら「証言」で証明するまでもない。

むしろ今の問題は、「原発事故は地球規模の大災害だ」という危険神話がなぜできたのかということだ。これは私も反省する面がある。NHKが80年代に放送した「原発事故が起きたら数万人が死ぬ」という番組の一部には私もかかわった。当時は原発についてのバラ色の話が多く、そのリスクが意識されていなかったので、NHKはどちらかといえば反原発派だった。

しかし福島事故は、こうした危険神話をくつがえした。67万TBqという莫大な放射性物質が出て、IAEAに「レベル7」のお墨付きをもらったのに、いまだに放射能で死んだ人は1人もいないし、致死量の放射線を浴びた人もいない。中川恵一氏は「今度の事故で死者は1人も出ないだろう」と言っていた。それなのに、東電は数兆円の賠償を要求されると見込まれている。

これは竹森俊平氏などが取り違えているように、福島事故が原子力損害賠償法の想定を超える大事故だったからではない。原賠法が想定しているのは数万人が死ぬ事故で、この場合には数兆円の賠償が発生するのは当然だ。ところが今回の事故では1人も死んでいないのに、東京電力に関する経営・財務調査委員会は東電の賠償額を4兆5000億円と査定した。この謎を解く鍵は、TPPと同じだ。

調査委員会の報告では「農林漁業・食品産業の風評被害」が初年度だけで9000億円もある。福島県の農業出荷額は2450億円なのに、その3.5倍の賠償が発生するのはどういうわけだろうか。福島県の知人によれば、答は農協だ。彼らは暫定基準値以下の農産物もすべて出荷停止し、まるごと国家補償させる方針だという。農協お得意のたかりである。

きのうの記事でも書いたように、100mSv以下の微量放射線で発癌率が増えるというデータはない。福島事故の場合、累積値で100mSvを超えたのは図のように原発の北西10km以内の地域だけだ。ところが農協のモラルハザードによって、農業被害が針小棒大に誇張され、東電が食い物にされているのだ。このような巨額の債務は(実質的に倒産した)東電に負担できないので、最後は負担は納税者に回ってくる。

今回の事故でわかったのは、むしろOECD諸国の原発事故は、最悪の場合でも死傷者は出ないというpleasant surpriseである。そろそろマスコミも昔ながらの危険神話をあおるのはやめて、現実を客観的に見てはどうだろうか。

2011年11月27日 池田信夫ブログ から転載