政権能力試験に落ちた方便政党

産経新聞「正論」2011.7.26 より引用

東洋学園大学教授 櫻田 淳

筆者は、菅直人首相の政権運営に対する批判には、もはや大した意義を
感じていない。菅首相は、少なくとも過去四半世紀の日本政治史の上で
も、「論じ甲斐」に極めて乏しい宰相として位置付けられよう。

 ≪菅首相論評もはや意義はなし≫

しかし、菅首相政権運営の実態は、一昨年夏の政権交代以前から民主
党が抱えてきた「弱点」が露(あら)わになったことの帰結である。そ
の意味では、鳩山由紀夫前首相や小沢一郎元党代表を含めて多くの民主
党議員が菅批判に走っている光景は、見苦しいものでしかない。

早晩、菅首相が退陣したとしても、この「弱点」は消えない。民主党
政権を担当していることの意味が、あらためて問われなければなるまい。

そもそも、山口二郎北海道大学教授によれば、民主党の実態は、自民党
主導政権時代に「権力」に与(あずか)らなかった幾多の政治家が小選
挙区制度の下の選挙を生き残るための「方便政党」であった。

一昨年夏の「政権交代」以前、小沢元代表は、民主党政権担当能力
否定的な認識を示していたけれども、彼は、民主、自由両党の合併を手
掛けた経緯から、民主党の「方便政党」としての実態を冷静に察知して
いたのであろう。

逆にいえば、「政権交代」は、そうした実態が国民各層に対して糊塗
(こと)されたところに、自民党の執政に飽いた国民の気分が重なった
ことの帰結であった。

ところで、凡(およ)そ政権担当能力と呼ばれるものには、三つの側面
がある。第一は、政策遂行の手足たる官僚組織を適宜、操縦する能力で
ある。

第二は、政策遂行の根拠となる法案の審議に際して、野党の協力を取り
付けて、関係する地方自治体や団体の利害を調整する能力である。第三
は、政策の意義を一般国民に対して説明し、納得を得ていく能力である。
これらの三つは、どれかが欠けても円滑な政権運営の妨げとなるもので
あろう。

 ≪官僚操縦、利害調整、説明責任≫

それ故にこそ、一昨年夏の政権交代以降、鳩山由紀夫菅直人民主党
政権二代に要請されたのは、政権担当能力を世に証明することでしかな
かった。それは、「官僚の操縦」、「各方面との利害の調整」、「国民
に対する説明」という「統治」の基本に関わる作法を踏まえて、「方便
政党」としての限界を克服する努力を意識的に続けなければならなかっ
たということを意味する。

「過去に一度も政権を担ったことがない政党」としての民主党であれば
こそ、それは、厳しく問われなければならなかった。目下、菅首相
「左翼性」を挙げて批判する向きがあるけれども、そうしたイデオロギ
ー色の濃い批判は、積極的な意義を持たない。

政治の世界で第一に問われるのは、「『力量』があるのか、ないのか」
であるからである。

実際には、鳩山、菅の民主党政権二代は、この政権担当能力の「証明」
には、悉(ことごと)く失敗した。まず、民主党における「政治主導の
確立」の大義は、官僚層に蓄積された知見や経験の排除という方向で働
いた。

それは、「官僚の操縦」を万全に行うには明らかな妨げとなった。鳩山
政権下の米軍普天間飛行場移設案件にせよ、菅政権下の東日本大震災
せよ、内閣の失速を決定付けたのは、最も高い次元での「官僚の操縦」
が要求される国家安全保障政策案件への対応であった。そのことは象徴
的である。

 ≪「ポスト菅」は負の遺産相続≫

次に、菅政権下では、谷垣禎一自民党総裁に対する二度の「大連立」樹
立打診の経緯が典型的に示すように、野党との「協調」を考慮しないか
のような対応が繰り返されている。

また、普天間飛行場移設案件への対応によって、沖縄との関係に軋轢
(あつれき)を生じさせた鳩山政権期の風景は、玄海原発をはじめとす
原発の扱いに絡んで、関係地方自治体との関係でも再現されている。
それは、「各方面との利害の調整」という政治の基本ができていないこ
とを示しているのである。

さらに、菅政権下では、「国民に対する説明」は、重視されているよう
でありながら、その実が伴っていない。先刻の「脱原発」記者会見の後、
僅かな時間しか経(た)たないのに、「(脱原発は)個人の考えだ」と
釈明する菅首相の姿勢は、その説明から「説得力」を奪っているのであ
る。

このように考えれば、鳩山、菅の二代の政権の「失政」を継ぐ「ポスト
菅」の宰相が背負う政治上の「負債」は、甚大なものになろう。誰が
「ポスト菅」の地位を襲うにせよ、民主党政権運営が続くには、一つ
の前提がある。

それは、民主党は、鳩山、菅両内閣期を通じて自らの「政権担当能力
を証明することには明らかに失敗したという厳然たる事実を自覚するこ
とである。

この自覚が「ポスト菅」の宰相になければ、現下の政治混乱は続く。そ
れは、震災からの復興に要する日本社会全体の「活力」を削(そ)ぎ落
とす方向で作用しよう。(さくらだ じゅん)